お掃除ごはん。

makisuke2005-06-07

  
冷蔵庫の掃除を兼ねて、今期三回目のラタトゥーユを作りました。ル・クルーゼの中身は、玉葱、ズッキーニ、カラフルピーマン、茄子、マッシュルーム、トマトです。もうヒトツ冷凍庫の掃除を兼ねて、サフランライスの上に、少しずつ残っていた秘蔵カレーをかけて、ホワイトソースとチーズをのっけて、モスコーグラタンにいたしました。ホワイトソースは「もう勘弁して下さいよー」という程捏ねたので、とっても滑らかで良いお味でした。出来立てのホワイトソースはmilkの味が濃くってとても美味しいですねえ。本日は気分がのったので、もう一品、鶏手羽元の黒酢煮込みも作成。明日の晩ごはんにと思いましたが、あらかた食べてしまいました。

夜の子供

モチモチの木 (ビッグ・えほん)
私は恐がりな子供だった。夜中一人でセッチンにいけない豆太みたいに。

眠ると必ず怖い夢を見た。その日観た時代劇そのままに、刀でばっさりなんて日もあれば、振り向いたおばあちゃんが包丁を振りかざして追いかけてくる日もあった。墓石の中から出られなくなって、目だけでこっちの世界を見ていたり。お化けや幽霊は当たり前。追いかけられたり、落っこちたり、置いてけぼりになったり、眠ると必ず怖い夢に捕まった。

夜中に飛び起きると、おばあちゃんの浴衣にしがみついた。じさまのたばこくさいむねン中に顔を埋める豆太みたいに。しがみついて、全部夢の中の出来事だって分かるまで、目をぎゆっとつぶって、息を殺した。おばあちゃんの小さないびきに呼吸を合わせて、どくんどくんどくんどくん、心臓の音が、小さくなるのを待っていた。

子供の頃の夜は特別な存在だった。

昼間は平気な道も景色も、夜はがらっとその姿を変えた。窓から見える背の高い杉の木も、真っ暗な空にさらに濃く、ぎいしぎいしと不気味な音を立ててアタマを揺すった。昼間あんなに遊んだ畑も庭も、夜の闇の中では知らない顔に変わっていた。出しっぱなしの三輪車もままごと道具も、みんな夜に捕まっていた。びゅーうびゅーうと時々強い風が窓に当たって、夜は何かに怒っているようだった。天井がどこまでも高い古い家は、灯りを消したとたんに天井がぱくっと口を開いた。

夜中のセッチンは、とりわけ怖かった。ぎぎぎぎいう板張りの、くみ取り式の、一軒家の外のお便所。臭くて狭くて、電気を点けてもちっとも明るくならない。しゃがんでいると、時々下から風が吹いてきてはだかのおしりをなぜていく。床がやぶけで落っこちたらどうしよう。下から手が伸びてきたら、どうしよう。どうしよう。ちっとも安心なんかできっこない。

ぎりぎり我慢できなくなるまで、じっと布団の中で我慢した。怖い夢のあとはなおさらだった。おばあちゃんを揺すってみたり。妹を揺すってみたり。昼間食べたホームランバーを後悔したり。寝る前に便所に行くように、お母さんが言っていたっけ。泣きそうになる。がばっと布団をめくると、土間をおりて表に出る。何も見ないように、何も聞かないように、真っ暗な庭をぐるっと回って、犬小屋やニワトリ小屋をぐるっと回って、真っ暗なセッチンの灯りを手探りで捜す。建て付けの悪い引き戸を、がらがらと開けるときの怖さと言ったら。お化けが座っていたらどうしよう。どうしよう。さらわれちゃったら、どうしよう。

何時からだろう。夜は怖くなくなった。夜が怖かったことを私は時々忘れてしまう。怖い夢はいつの間にかみなくなったし、天井も低くなって、夜になっても口を開けることはなくなった。あちこちに電灯が点って、気が付くと夜は明るくなっていた。遅くまで起きていても叱られることは、もうない。夜は特別な力をなくしてしまった。それが淋しいとか言うんじゃないけど。

時々「モチモチの木」を開いて、あの頃の夜に戻っていく。挿し絵の中の夜に、子供の頃のあの夜に、そっと思いを馳せてみる。背の高い杉の木に、かえるの鳴く田んぼの中の一本道に、ぱっくり開いてた天井に、沢ガニが移動する夜の沢に、むじなの穴に、庭の隅っこのセッチンに。

そんなときに夜を感じる。何かが息を潜めている気配を感じる。静かで深い夜を感じる。少しだけ背筋に張り付くような夜を。ぬくぬくの布団にくるまれて、目を閉じる。あの頃の夜を思っていると、ゆっくり眠りに落ちていく。

豆太みたいに臆病で夜の子供だったあの頃の私に戻って。