ひきがたり・ものがたりvol.1 蜂雀(ハミングバード)/七尾旅人/2003年/

ひきがたり・ものがたりVol.1 蜂雀

音楽をこんな風に道具に使ってもいいものかしらん。冒涜ではないかしらん。などと、思ったりもするのだけど。構うものかとも、思っている。そう、私はこの頃「七尾旅人」ばかり聴いているのだ。

ありえないほど笑わせられたらいいけど ゆらゆらゆらゆらゆら

気持ちが良くなりたくて。どきどきしたくって。さみしくなりたくて。しんとしたくって。その道具みたいに、彼の音楽を使っているんだ。ヘッドフォンを付けたら、たちまち彼の世界。どんなややこしい毎日も、どんなに目の回るような毎日だって、たちどころに押し流す。旅人を聴いて(自分とか時間とかを)曖昧に溶かしてやるのが、この頃の私の癖になってる。

空を飛ぶ 鳥達のように 脈はうつ 僕のからだよ かつての 冷えた高みへ

どちらが本当で、どちらが現実なのか。この私はナニモノで、どちら側の人間なのか、良く分からなくなる。大概のこと、どうでも良くなる。それが、痺れるようで気持ちがいい。たまらないんだ。

ポケットはビスケの粉だらけ りんぷんのよう ちょうちょの羽 わたしもほしい

彼の音楽は、飛べるんだ(鳥のように、ちょうちょのように)。自分がどんどん小さくなって。全身が耳みたいで。カラダ全部で、聴き入っているのに気付くんだ。飛び込んでくるコトバの欠片に、私の想いが同期する。途切れないメロディに、私の心臓のリズムが同期する。どんどんどんどん曖昧になる私の境界線が、震え出すんだ。

私のうた 届け 届け 君の歌を解き放て


だけどね。私の聴いている旅人を聴いて。Aは「なんかさ、だんだん不安になってくる感じがする」と言っていたから。この感じ。どきどきして、気持ちが良くなって。飛んでるみたいな、ふわふわしたこの感じは、誰の元にも訪れるものでもないみたい。

冷えた高みへ

 
「こっちにきや」って言われてるみたいで。のめるように聴いてる私がそこにいるだけで。音の連なりを道案内に、意識がずんずんと降りていく。結界を越えていくように。垣根を越えていくように。コトバがメロディに溶けるのか。コトバにメロディが溶けるのか。私が旅人に溶けるのか。旅人が私に溶けるのか。とにかく、すべてが同期していく。

屋根の群れ、綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗綺麗

胸の内が、もかもかと沸き立つようで。落ち着かなくなって。終いには、笑い出したくなるような。笑わずにはおれないような、不思議な高揚感で、静かだけど確実な興奮が込み上げてくる。そんな時、きっと私は笑っているんじゃないかと思う。誰の目も構わずに、ヘッドフォンを付けて。街中で、電車の中で、自転車にまたがって、へらへらと。笑っているのじゃないかと思う。

音楽を 音楽を 音楽を止めたりはしないでね

私の中で、音楽が鳴り止まない。私の中の、旅人が鳴り止まない。私の中に、音楽が満ちていく。旅人が満ちていく。このまま、音楽よ音楽よ音楽よ、そして旅人よ、鳴り止まないで。どうかこのまま。