北風とぬりえ/谷内六郎/谷内六郎文庫

北風とぬりえ (谷内六郎文庫 (3))

マキさんの絵を見ていたら「谷内六郎」のあの絵を思い出した。

七つ違いの妹(四女・あけ)*1は「百日咳」の子供だった。一日に何度も、何十回も、カラダを裏返すような咳が続いた。手も足も腹も首も尻も、コチコチに硬直して小さなカラダは、咳をするために生きているみたいだった。長い長い咳だった。吸う息はひゅーひゅーとのどを鳴らして、吐き出す息は、けーんけーんとキジの鳴く声みたいに夜の闇をつんざいた。

七つ違いの妹は、その咳がやってくる気配を見せると、急に黙り込んで下を向いた。唇をかんで足下を見つめるその目には、涙がいっぱい溜まっていた。それでも泣かなかった。ただうつむいてやって来る咳をじっと待ってた。その姿はあまりに大人びていて、私は声を掛けることが出来なかった。傍にいて、うつむくだけの私は、役立たずの「でくのぼう」そのままだった。

谷内六郎の「北風とぬりえ」を読んだ。「虫郎」という名を借りた作者自身の少年時代の物語。そしてそれに添えられた、静まり返った、あたたか淋しい絵の数々。
 
きつねが公衆電話を掛けている。私の大好きな六郎の絵は、公衆電話からあたたかい灯りが漏れている。柔らか丸く、濃い闇夜を照らし出している。この人も知っているのだ。闇の怖さと灯りのあたたかさを知ってるのだ。

胸に咳をかかえる虫郎少年。胸のゼイメイにうつむきがちな少年である。きびしい毎日を現実をかかえて、涙っぽい目になりながら夢の世界をさまよう少年。ぱっとしないしょぼくれた少年。それでも「自分を今、あまりに痛々しい場所におくのは、もすこし年をへてからにしたいと思いました」と、六郎は言う。

きっといつまでも、六郎は胸の中にゼイメイに怯えた男の子を飼っている。

それを読んでいる私も、でくのぼうの役立たずの子供を飼っている。

それでも虫郎の目はー弱々しいながらもー、光を帯びて輝いている。それが嬉しい。虫郎は自分のことを悲しんでは、憐れんでは、いないのだ。私がそうであるように。

いろんなことを、思い出したよ。

子供の頃、我が家にも「富山の薬売り」のおじさんがやって来たっけ。うううん、薬売りだけじゃない、あの頃はいろんな物売りのおばさんやら、おじさんやらがやって来た。何処か胡散臭い匂いのするその大人達を、柱の影からじっと見ていた。大きな風呂敷包みを広げて上がりかまちに腰を下ろし「お嬢ちゃんちよっと」と手招きをした。

薬売りのおじさんは、薬箱の中を確かめて、封を切った薬は新品と取り替える。富山のは高いからと、大人達は使わないように子供に言った。クミアイの安いのを飲んどきなさいと言ったっけ。大人の理屈はいつも不思議で。それでも薬売りのおじさんは一つ二つを取り替えては、子供を集め色とりどりの風船を「おまけ」と言って、配ってくれたっけ。

子供の頃、空の天井から降ってくる雪を眺めていると、自分のカラダがどんどんどんどん舞い上がっていったっけ。たき火の煙は、何処に逃げても付いてきたっけ。火に当たるとあまいような、ねむたいような、だるいような気持ちになったっけ。太陽も月も何処までも何処までも私について走ってきたっけ。お祭りの夜はにぎやかだった。青年団のお兄さんやお姉さんが、白塗りの扮装をして、踊りを踊る舞台もあった。大きくなったら青年団に入ろうね。紙テープやおひねりを投げてもらおうねと同い年の友達全員で固い約束もした。夜の闇。夏の夜。天井板の節目のカタチ。色ガラスを通して見た世界の色合い。柱時計。日光写真。打ち上げ花火。

そうだ、私は何一つ忘れてなんかいなかったんだ。たちまち記憶が溶けだしてきた。当たり一面、懐かしい景色でいっぱいになって。私の言葉を飲み込んでしまった。

                  2001-06-03/巻き助

*1:そうなんです、私は四人姉妹の長女なんです。長女・巻、次女・はみ、三女・ヒト様、四女・あけ。もちろん仲は良いけれど、ニックネームで呼びあう仲良し姉妹って感じとは、全然異なるような。