待つこと、忘れること?/金井美恵子著 金井久美子絵

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そんな総括をしていると、この本を思い出した。「待つこと、忘れること?」金井さん家の食卓が垣間見ることができる素敵(文章も装丁も料理も)な本だ。さっそく本棚から引っぱり出して読み返す。「カレーのフェニックス鍋」は、今でも記憶に新しい。読み返すにつれて、あれもこれもと料理ゴコロが刺激されてくる。

金井さんの本は、ただ楽しんで読むというわけには行かない。脳みそを使ってしっかり読まなくっちゃいけない。食事で例えるなら、柔らかくって口当たりの良いというわけには行かない物、歯応えがあったり、小骨があったり、嫌な味が含まれていたり、ねちっこかったり、よくよく噛かまなくっちゃいけなかったり。一筋縄では行かない。そういう読みごたえ。

独特のつらつら続く文体は、すらすらと読書を捗らせてはくれないけれど。それでも、ちょっと後を引く。読み終わると少なからず自分の文章も影響を受けてしまう。そんな感じだ。昔の私のreviewがあったので、のっけておきます。私のreviewも少しねちっこく書かれている様子。
待つこと、忘れること?

口においしく、眼に楽しく、頭におかしく、ピリッと栄養

そんなコトバを帯に巻き付けた、金井美恵子の最新エッセイ集を読みました。

食べ物のことが書かれています。「口においしい」とは、まさにそのことで、なんとも「女好み」(もしくは私好み)な料理の数々が載っていました。どこがどう「女好み」なのかと問われると、返事に詰まってしまうのですが、男は食べ物の好みが保守的で、ちょっと目先の変わったものを食卓に乗っけたものなら、全く箸がつけられないまま終わってしまうこともあるという所から話をしているわけです。もちろん、それは私が知っている「男」(父親から恋人はたまた従兄弟まで)に限られるわけなのですが、その知っている「男」たちは、その理由を、美意識だ。などと言ったりもするので。そんな物まで持ち出されてしまいますと、自分の節操のなさに自信が持てない私としては、ついつい弱気にもなってしまうのですがね。

それはそれとして、私の料理心を刺激した料理はと言いますと、、その鍋がどんどん姿形を変えて不死鳥のごとくよみがえる「カレーのフェニックス風」だとか、ありものでつくるラタトゥイユだとか、おつけの具にトマトだとか、「ヨーグルトの冷たい簡単なスープ」だとか、ズイキ(里芋の茎)のサラダだとか、「豆乳の湯豆腐」なんかです。強引に傾向をまとめてみますと、ぐちゃぐちゃと煮込まれた物とか、淡泊と言えば聞こえは良いが、味が無さそうな物を好むようですね。

「豆乳の湯豆腐」は早速食卓に登場してまいりました。「太子の豆乳」二百八十円也(ご本のとおり)。まで手に入った物ですからね。やらぬわけにはゆかぬでしょう。そして、連れ合いという名の「男」には奇跡的に評判が良く、二人して引き上げ湯葉まで楽しんで大満足。この冬の定番鍋に昇格決定は確実のようです。

さて、「目に楽しく」はと言いますと、イラストと言えばいいのでしょうか?段ボールの切れ端や空き箱なんかに描かれた、絵もたくさん入っています。その楽しいこと。かわいいこと。画家の姉によって描かれたその作品たちは、愛猫トラーばかり。料理の本なのに猫の絵ばかり?と、訝る人もいるかもしれませんが、ますますもって「女好み」「私好み」な仕上がりです。

ー言ってしまえばわが家とて、晩酌には愛猫ぎょんを眺めつつ、「猫見酒」を繰り返しているのですからー

料理の本だからって、分かりやすく作りやすく美味しそうなイラストが描かれているばかりでは、つまらないじゃないですか。それではちっとも「頭におかしく」ありませんもの。何てったって、作家である妹の筆は、私には十分料理の魅力を伝えてくれました。おもしろおかしく美味しそうに。断然作ってみたくもなりましたもの。

そして最後に「ピリッと栄養」。今更言うまでもないのだけど、相も変わらずカナイさんは辛口でいぢわるで「フン!」とばかりに、明後日の方向を向いています。毎日にも自分にも生活にも仕事にも幾ばくかうんざりしていて。そんな彼女の「文体=スタイル」は癖になるのです。彼女が結局私を夢中にさせるのはお料理よりトラーより悪口より結局はそのスタイルで。そんな職人めいた書きように尽きるのです。だから「美味しい物を食べて元気になろう!」なんて、紋切り型に飽きた人にも、読んで欲しいな。そういう短絡ってつまんないよって思うから。

ああ、それにしても、トラーちゃんのごはんまで、美味しそうなのですよ。この本は。んで、猫なんだから餌でしょうとか、何ですその贅沢は何て言う、女(私)心の分からない人は、やっぱりあっちに行っててもらいましょう。
                  
                   2002-11-20/巻き助