不味い!/小泉武夫

面白い本を読みました。
不味い!
農学博士にして「食の冒険家」を自称する著者が世の中に存在するあらゆる「不味い物」を語り尽くした一冊。「俺」と一人称で切りまくるそのスタイルも、効いていて。なかなかマッチョでパワフルな一冊に仕上がってる。とは言え、さすがは醸造学や発酵学も専門とする著者だけに、食文化に対する確かな知識も授けてくれ、「そりゃあ、不味いだろうや」「これは困ったことになっておるわい」と、頭で納得させられる部分もあるのだけれど。なんと言っても圧巻なのが、やはり直球勝負。自ら受けた不当な扱いを晴らすべく書かれた、五感に訴える文章の数々だ。

まずは、目次からして「観光地のお膳」「不味いカニ」「不味いラーメン」「ホテルの朝食の蒸した鮭」「病院の食事」「ブロイラー」「不味い駅弁・街弁」「不味い学校給食」「不味い蛇」「不味い鰻」「不味いフライ」「不味い虫」「血の匂い」「カラスの肉」「未去勢牡牛の肉」「不味いイクラ、不味い筋子」「大阪のホテルの水」「不味い飯」「不味いライスカレー」と、その「不味い」の連発「不味そうな物」の連発にワクワクしてくる。

そして例えば「不味い駅弁・街弁」の所なんかを読んでみると、畳み掛けるような、握りこぶしを固めたくなるような、この文章についつい電車の中で笑ってしまった。

弁当の隅の方にグチャグチャととぐろを巻いて固まっているスパゲッティーカニの脚に見立てたカマボコに衣をつけて揚げた湿ってベトッと濡れた感じの天麩羅。ぐじゃく゜し゜ゃにゆでたおひたし、油まみれのハムやホタテカマボコのフライ、猫跨ぎの塩鮭、串に刺したドロリあんかけの肉団子、噛むと歯に粘り付くシュウマイ、エノキダケと山菜のドロリグチャグチャのあんかけ、サワラやサバの薄くパサパサの塩焼き、三角形をしたパリパリカリカリと固い揚げギョウザ、トマトケチャップをかけた不味いハンバーグのフライ、爪楊枝ほどの細い海老を大きく見せるために衣をたくさん付けて揚げた騙しの海老フライ、口の中に入れたら噛まなくても溶け崩れてしまうニンジンの煮物、得体の知れない素の和えもの、血圧が上がるほどしょっぱく炒った肉そぼろ、グチャグチャしたイかと明太子のマヨネーズ和えね、獣臭のきつい焼き肉などなど。

そしてそして読み進むにつれ、つくづくと思ったのだが「味覚人飛行物体」「走る酒壷」「ジュラルミン製胃袋」「発酵仮面」などなど数々の異名を持つ著者は、とにかく好奇心旺盛で、エネルギッシュで、実に男らしい。不味かろうが美味かろうが、虫であろうが蛇であろうがカラスであろうが発酵缶詰めであろうが、躊躇せずに立ち向かっていく。酒の飲み方だってハンパじゃない(「不味い蛇」の章は迫力満点)。ただの食いしん坊だからかも知れないけれど、出された物はとにかくかみ砕いて咽へ送り、胃袋の中へと押しやろうと奮闘努力をしているのだ。そもそも、私など、飲み込めないほど不味い物など、出会ったことさえないというのに(当たり前か?)!だからこの人は、不味い美味いをスカシテ語っているわけでは全くなく。食べる物に対する愛着、愛情も人一倍で、だから作る側の勝手な言い分(楽だから、原価が安かったから、面倒だから、なんとなくなどなど)によって作りだされる「不味い!」には、心底腹も立ってくるし、この日本の行く先を思い、嘆きたくもなるのだろう。

とにかく、私はカラスの肉が線香臭いということを、この本を読んではじめて知りました。