ドア・イン・ザ・フロア/トッド・ウィリアムズ@恵比寿ガーデンシネマ

makisuke2005-10-28


アーヴィング原作の映画「ドア・イン・ザ・フロア」をみた。原作「未亡人の一年」は、随分昔だけれど、夢中になって読んだ記憶がある。映画はこの膨大な物語の3分の一だけを描いている*1。それを実に丁寧に描いていたなという印象。ラストシーンは実に深い余韻を残してくれた。見終わって私の大きなため息がヒトツ漏れた。

アーヴィングという作家が大好きだ。彼の作品にはいつだって「安っぽい笑いと暴力とセックス」に満ちている。その救いのない出来事を突きつけてなお「これぞ人生」「これもまた良し」と言い切る、言い切ってあまりある力強さを持っているように思うから。良いことと悪いことが繰り返し繰り返し起きて、それはまさに引いては寄せる波のようで。「人生」というモノを俯瞰しているような気持ちになる。それはやっぱり「人生」というモノへ立ち向かっていかねばならない自分に対しての、ココロからの励ましのように思えてしまう。

この監督はアーヴィングという作家の書く「安っぽい笑いと暴力とセックス」に満ちている世界をよく理解しているのだなと感じた。重たい話なんだけれど、会場ではしばしば笑いが起きていた。誰かの人生と関わることなしに自分の人生は送れないということを思い出させてくれた。どんなに深刻な場面でも私たち人間のすることは、いつでも何処か滑稽でおかしみに溢れているのだな。そして人間というヤツは、いろんな顔を持っているのだな。この映画をみて、また少し人間という生き物が好きになったような気がするもの。

この所、夫婦や家族にまつわる映画や本に立ち合う機会が多いのだけど、夫婦というモノはつくづく様々なカタチで結びついているのだなと思う。この夫婦は「深い悲しみ」や「恐怖」というモノで、結びついていたのだな(そしてその繋がりから開放してくれたのが、少年の役割だったんだろう)。夫婦は繋がってる。そして繋がり方は夫婦の数だけあるのだな。そう思ったら視界が開けていくようだった。そしてきっと人間は、どんなカタチであれ誰かと繋がっていたいし、何かを共有していたい生き物なのだ。

*1:映画として満足できたのだけれど、出来れば続きも映画化して欲しい。是非三部作で。この数奇な物語を完結させて欲しいのだけれどな