イル・ポスティーノ/マイケル・ラドフォード

makisuke2001-10-24

イル・ポスティーノ [DVD]

出不精で、旅が得手でないわたしでも、この先行く度か旅に出ることがあるだろう。その度にいろんな土地土地と出会うだろうし、そこに何時までも留まりたいと思うほど、肌に馴染む土地にも巡り会えるかもしれない。今までにそんな出会いがなかったと言ったらウソにもなる。今暮らしている、ここ東京だって、わたしにはなかなか居心地が良し、楽ちんでもある。それでも、わたしが産まれて育った土地というのは、この先、いくら年月が経とうと、どんな出会いがあろうと、あの山間の土地だけであることに変わりはない。わたしの生まれた土地は一つしかない。わたしのフルサトはこの世界にたった一つしかないのだからー「イル・ボスティーノ」のタイトルパックを観ながら、わたしが流した涙は、そんな分かり切ったことを思い出したからだった。


南イタリアの沖合の小さな島の物語。そこに暮らすマリオ。皆のように、父親のように、漁師になることもなく、毎日を鬱屈と過ごしている。そこに一人の偉大な詩人が訪れる。パブロ・ネローダ。彼に世界各地からラブ・レターが殺到し、それを配達するために、そのためだけに、マリオが臨時の郵便配達人として採用される。そんな話である。


パブロは、少しばかり強引なマリオを煙たがりながらも、だんだんに言葉以上のモノを交わすことになる。マリオはネローダの詩に、詩作に触れる。触れることで詩人に近づく。触れた自らも、詩が生まれる。詩にココロが動くということを知り、詩を生むココロを育てていく。そしてそのマリオの素直な姿に、ネローダも目を細めたり、白黒させたり、次第に彼との友情を深め、詩人のココロも動いていく。



そして、詩人は島を去る。
そして、詩人はマリオを忘れる。
それでも、マリオは詩人を忘れなかった。

先生が帰ったとき、いいことも一緒にもって帰ったと思った…

そして、それからが、マリオの始まりだった。彼は、自分を忘れていく詩人を恨んだりはしなかった。マリオはヒトリではじめたのだ。はじめることを教えてくれたのは、詩人だったし、詩人の作った詩だったから。今までは、ただ海に遮られ、さながら牢獄のように感じていたこの島の本当の美しさに出会い、見渡し、感じ、想い、語り、伝え始めたのだ。あの時、詩人に尋ねられて答えられなかった、この島のスバラシサについて、彼は静かにヒトリ語り始めたのだ。 それがどんなに美しいか、それがどんなにかけがえがないか、気が付くのはいつもなくしてからで。そこで暮らしながら、生きながら感じることは、奇跡に近い。それはもう当たり前すぎて、誰も取りたてて言わないことかもしれないけど。それでもマリオは、詩人に出会って、はじめて目を上げて、顔を上げて、ぐるりと島を見た。たぶん、彼がその島を「見た」のは、それが初めてだったんだろう。ナゼなら、わたしにもそうやって「見た」日があったから。目を上げ、顔を上げ、ぐるりとフルサトを見渡したことがあったから。


わたしが誰かに忘れられることは、怖いこと。わたしが誰かを忘れてしまうことは、もっともっと怖いこと。それが、わたしにとってかけがえのないモノなら、なおのこと。気も狂うよ。それでも、わたしが忘れないこと。忘れてしまわないこと。それだけあれば、生きていけるかもしれない。生きていくのが怖くなくなるかもしれない。そんなことを今夜、アナタに言いたくなった。

最後に、マリオを演じたマッシモ・トロイージは心臓の病で、この映画の完成を待たずして、この世を去ったコトを知りました。冥福を祈りたいと思います。