停電の夜に/ジュンパ・ラヒリ著 小川高義訳

停電の夜に (新潮文庫)
ピュリツァー賞など著名な文学賞を総なめにしたインド系新人作家のデビュー短編集(と、文庫本の後ろには書いてあります)。9編の短編が掲載されている中で、私はまだ表題作の「停電の夜に」しか読んでないけど。う〜ん。と唸ってしまった。すぐに次の一遍にと行く気持ちになれなくて、もう一度読み返してしまったくらい。そしてやっぱり、なんて巧みにできているんだろう。と、感心もしてしまったのだけど。

物語は、倦怠気味の若夫婦が、毎夜の1時間の停電の夜に、ロウソクの灯のもとでお互いのたわいもない隠し事を打ち明けあっていくというものなんだけど。何気ない場面ばかりなのに、映像が鮮やかに目に浮かんでくるような。若夫婦の表情や息遣いや仕草なんかも伝わってくるような。そんな、映画を観ているような一編でした。

そしてなにより私を感心させたのは、女性作家である彼女が、男の立場からこの物語を書き上げた所だと思う。この物語が、女の立場から書かれていた物なら、私はきっと何かしらの理不尽さや身勝手さを、この彼女の中に見てしまったと思う。そしてすんなりとは彼女の味方にはなれなかったと思う。それでも、この物語の中の彼女は多くを語らない、語り部は彼だからだ。だから彼女の本当は分からない。分からないけれど、彼によって切り取られ決めつけられた彼女像を黙って引き受けているようにも見えるのだ。

言いながら目を合わせてはこなかった。彼のほうでは、じっと見ていた。練習したようなセリフを言うものだ。このところアパートをさがしていたわけか。水道の具合を見たり、家賃には暖房や給湯も込みなのかと聞いたりしていたのだ。癪にさわる話である。このところの幾晩かは、別れて暮らすための下工作だったか。一方でほっとするが、やはり癪にさわる。この四日間、夜になると話の持っていきようを考えていたわけだ。そういうゲームだったのだ。

結局この小説からは、彼女の真意は分からない。彼女の言動はどうとでもとれるのだけれど。私には、そんな彼女がとても弱々しく一途で可愛らしく見えてしまった。失ったモノの大きさに耐えきれず。無くしてしまいそうなモノをなんとか直視しようとする女。何とかヒトリで立とうとしている、健気で可愛い女に。