鉄コン筋クリート/松本大洋

鉄コン筋クリート (1) (Big spirits comics special) 鉄コン筋クリート (3) (Big spirits comics special) 鉄コン筋クリート (2) (Big spirits comics special)
もう一人の、誰か。
そんな存在をいつもどこかで、でも確かに、感じていた。



いつも想いを馳せていた。何処かに存在する誰か。何処かで息づいている誰か。ううん、違う。もしかすると、生まれ落ちるもっと前の、母さんのお腹の海の中に一緒にたゆたっていたのかもしれない、誰か。まだカタチにもなる前の言葉や意識を届け合う前から、繋がっていたはずの、誰か。母さんのお腹の中に残してきてしまったかもしれない、誰か。愛しい愛しいもう一人。私の引き裂かれてしまったカタワレを、いつもどこかで感じていた。



腹を抱えて笑うときも、膝を抱えてうずくまるときも、ノーミソのどこそこが、肌の一部が、取り巻く気配が、感じていた。私の中のもう一人。そのもう一人が、引きずり出されたようだった。



それが私にとっての松本大洋だった。



誰かを想い、焦がれる気持ちが、彼の作品には溢れている。誰かのために走り、誰かのために手を差し伸べ、誰かのために、ただ想う。自分の中から、ある日ある時分裂してしまった、もう一人の自分のために。



私はそんな松本大洋の作品の一つ一つをこよなく愛している。



鉄コン筋クリート」。シロがクロを想い、クロがシロを想う。ただそれだけ。ただそれだけが、あまりに大きなエネルギーを生む。シロが泣けば、私も悲しい。クロが痛めば、私も痛い。そんなシンプルな想いだけが、人に力を与えてる。



シロはクロがいれば大丈夫。クロはシロがいれば大丈夫。そして、シロとクロがいれば、私の明日は大丈夫。そんなシンプルな想いだけが、いつも私に力を与えてくれる。



 「安心安心。」



口に出して小さく呟いてみる。クロのように、シロのように。



 「安心安心。」



切ない。だけど力強い。甘い気持ちでいっぱいになる。そして、やはり変わらず住み続けている、自分の中のもう一人に、変わらぬ気持ちで想ってみる。強く。静かに。シロを想うクロのように、クロを想うシロのように。



シロ「コンクリートにも匂いがあるんだよ。知ってた?クロ。」
シロ「夏と冬と朝と夜とじゃ、全然違うのね。」
シロ「でもシロ、雨降ったときのが、一番好きだな。マーガリンみたいな匂いなの。」
シロ「クロやい。」
シロ「さっきから、ずっと胸んとこがね、やな感じなのね、どして?」
クロ「シロォ。」
シロ「んーーー」
クロ「安心安心。」
シロ「ハハッ。」



ナゼダロウ。私はいつも泣きたくなる。ここではない何処かへ飛びたがって泣きたくなる。このままここにいたくて泣きたくなる。もどかしくて。もどかしくってアタマが変になってくる。どんな明日が待ち受けていたって構わない。シロを想うクロのように。クロを想うシロのように。この想いはまるで、おまじないのようだけれど。



ああああ、だけれども、この本を開けばその閉じた世界に、すべてが完成されているのだよ。どこへも行けなくたってかまわない。今、クロの隣にシロがいる。シロの隣にクロがいる。私の手の中に、この世界が確かにあるから。こんなにもすごい確かなこと。んで、こんなにすごいことは他にない。こんなかけがえのないことは他にない。



ナゼダロウ。だから、私はいつも泣きたくなる。自分をぎゅうっつと抱きしめてあげながら。